芥川龍之介

水洟や鼻の先だけ暮れ残る

夕暮れが過ぎても、鼻水が出る鼻先だけは赤く残っている。

概要

芥川龍之介(1892–1927)は、大正時代を中心に活躍した小説家で、昭和に入ってまもなく、36歳で自ら命を絶ちました。

彼は、生後間もなく母親が発狂し、母親の実家に引き取られました。母は芥川が11歳のときに亡くなり、叔父のもとに養子となります。複雑な家庭環境のなかで、特に母の姉であるフキを慕っていたと言われています。

作家としての始まりは、東京帝国大学在学中に発表した『鼻』で、この作品は夏目漱石に絶賛されました。その後、海軍機関学校の英語嘱託教官として働きながら創作を続け、『羅生門』などを発表。やがて新聞社に勤め、執筆活動に専念するようになります。

結婚し、子供も生まれますが、病弱で神経の繊細な芥川は、経済的・精神的な負担に苦しみ続けました。そして1927年、遺書を残して服毒自殺します。

妻や子供宛ての遺書の他に、友人に向けて書かれた『ある旧友へ送る手記』では、自殺に至る心理が綿密に記されており、有名な「ただぼんやりとした不安」という言葉もここに登場します。さらに、彼は死の数ヶ月前から綿密に準備を進め、「僕は冷ややかにこの準備を終わり、今はただ死と遊んでいる」とも記しています。

また、芥川は死の直前、「自嘲」という前書きを添えて、「水洟や鼻の先だけ暮れ残る」という句を書き残しました。これは新たに詠んだものではなく過去の作品ですが、彼自身が辞世の句として選んだことから、芥川の辞世の句とも言われています。水洟は、鼻水を意味し、そこに「自嘲」と添えたことで、自らの境遇への諦念や皮肉も感じ取れます。

一方で、彼のデビュー作『鼻』では、鼻が自尊心の象徴として描かれています。このことから、「暮れ残る鼻」は、芥川の最後に残された自尊心、すなわち「芸術家としての矜持」の結晶としての作品のことではないか、という解釈もあります(参照 : 水涕や鼻の先だけ暮れ残る 芥川龍之介 評者: 松王かをり)。