和泉式部
生くべくも思ほえぬかな別れにし人の心ぞ命なりける
もう生きていられそうに思えない。こんなときこそ、別れた恋人の気持ちが、私の命の支えなのだ。
概要
和泉式部(生没年不詳)は、平安時代の女流歌人であり、大江雅致の娘とされています。恋多き女性として知られ、その生涯は恋愛に彩られていました。情熱的な恋の歌を数多く詠み、『和泉式部日記』には自身の恋愛の経緯が歌を交えて綴られています。
和泉式部が死を意識した際に詠んだとされる和歌に、「生くべくも思ほえぬかな別れにし人の心ぞ命なりける」があります。これは現代語訳すると、「もう生きていられそうに思えない。こんなときこそ、別れた恋人の気持ちが、私の命の支えなのだ。」といった意味合いになります。
この歌は厳密には辞世の句ではありませんが、死を覚悟したうえで詠まれた歌として、恋に生きた和泉式部の辞世にふさわしい一首と言えるかもしれません。
また、同様に死を覚悟して詠んだとされる和歌として、次の一首もよく知られています。
あらざらむこの世のほかの思ひ出にいまひとたびの逢ふこともがな
まもなく私はこの世を去るでしょう。あの世への思い出として、もう一度だけあなたにお会いしたいものです。
この歌の冒頭「あらざらむ」は、「生きていないだろう」という意味を持ち、「この世のほか」は「死後の世界」を指します。また、「逢ふ」は男女が一夜を共にすることを示し、「もがな」は願望を表す助動詞です。したがって、全体として、「死を前にして、せめてもう一度だけあなたに会いたい」という切実な想いが込められています。この歌は、和泉式部が病床に伏していた際に、想う人へ贈ったものと伝えられています。
これらは、辞世の句とは断定できないものの、死を目前にしてなお恋を詠むその姿に、和泉式部の人生が象徴されていると言えるでしょう。